2015年01月05日

音楽が呼び起こすのは夏の記憶

CDプレーヤーにサザンオールスターズの「稲村ジェーン」を入れて再生ボタンを押すと、花火の燃えかすの匂いが鼻をかすめる。
1990年の夏の終わり。桑田佳祐が昭和40年代の鎌倉・稲村ヶ崎を舞台にサーファーたちの青春を描いた映画を作って公開した。
俺は田舎のレコード屋で働いていて、よく店内でサントラ盤をかけていた。
500円から始まった時給は確か550円になった頃だと思う。
20歳の俺は長期の休みと週末にはバイクで東京を抜け出して田舎で働いていた。

大学の学費と家賃に食費、光熱費、バイクのガソリン代を払ったら財布にはいくらも残らなかったけれど、なんとかやりくりし浮いたお金で好きな女性にプレゼントを買うくらいはできた。
小さな花束だったり、外国製の鉛筆だったり、竹下通りで買ったインディーズバンドのCDだったり、いま考えれば恥ずかしくなるものばかりだ。
5歳年上のその女性は、嫌がりもせず受け取ってくれ、たまにレコード屋まで会いに来てくれた。
軽四駆のスズキ・ジムニーに乗って、長い髪をなびかせていた。

編集者だった彼女は自分で小さな会社を作って独立したばかりだった。
彼女との出会いがのちに俺がマスコミ業界に入るきっかけになっているのだけれど、当時の俺はまだそんなことには気づいていないのだった。

夜がだいぶ更けて、店じまいをしていると支店の女の子たちが花火を持ってやってきた。
当時はまだ幾分おおらかな時代だったのだろう、俺たちは店の前で線香花火や手持ちの花火に火をつけ、小さな花火大会をたびたび開いていた。
閃光とともに白い煙が広がっていた。風はだいぶ涼しくなっていたけれど夜になってもアスファルトはまだ熱を帯びていた。

またやってるのね、といいながら彼女がジムニーから降りてきた。
俺は花火を何本か渡して、火をつけた。
花火の明るさで彼女の顔が照らされる。花火が消えてしまうと彼女の顔がよく見えなくなるのが惜しくて、自分の分の花火を全部彼女にわたした。
最後の花火が消える瞬間、彼女は「暑かったけど短かったよね・・・夏」と稲村ジェーンのCMで流れているフレーズをつぶやいた。
なんだか寂しそうに見えた横顔にドキッとして、「夏は終わらないよ。また必ず夏はやって来るもの。だからずっとずっと夏は続くんだ」と真顔で言ってしまった。
彼女は、「そうね」といいながら微笑んだ。

いま、彼女は編集の会社だけでなく市政に協力したり、ラジオ局でDJをしたり忙しく暮らしている。東日本大震災の際には避難所の赤ちゃんのためにオムツを配り回っていた。車は相変わらずジムニーだ。
俺はといえば、彼女から見たら相変わらず子どもっぽい生き方をしているんだろうな。
土地に根を張って生きる彼女。根無し草のように東京を漂ってる俺。
たぶん、互いの夏のかたちは違ってしまっている。人生の中で、ほんのつかの間シンクロしたあの夏。「真夏の果実」のメロディーの中にしまってある記憶だ。



Posted by 妊娠中絶薬 at 15:21